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東京地方裁判所 昭和42年(モ)5599号 判決 1967年10月27日

債権者 友嶋正雪

右訴訟代理人弁護士 楢原政信

債務者 落合忠造

右訴訟代理人弁護士 伊藤銀蔵

主文

当裁判所が、昭和四二年(ヨ)第一九三六号不動産仮処分申請事件について同年三月八日になした仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、申請の理由として

一  債権者は債務者から昭和三一年ころ台東区仲御徒町三丁目一一番地所在家屋番号同町同番地九木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建店舗兼倉庫一棟建坪二四坪のうち二一坪(以下旧建物と呼ぶ)を賃借したが、昭和三五年八月二三日右契約を更新するに際し債務者が旧建物を改築する場合は改築建物の完成を停止条件として同建物の一階を債権者に賃貸する、この場合賃貸借の条件は従前の賃貸借の例による。ただし賃料は建物引渡後改築建物の価値を参酌し、従前の賃貸借の経緯を加味して適当の範囲内で協定する旨特約した。

昭和四一年一〇月一〇日、債務者は旧建物を改築するためとりこわし、その跡に別紙目録記載の建物(以下新建物と呼ぶ)を建築中で、新建物は八分通り完成し、わずかに外装内装の一部を残すのみの状態である。

二  ところが昭和四二年二月一〇日、債務者は突然内容証明郵便で新建物を債権者に貸さない旨通告してきた。

三  債権者は賃借権に基く新建物引渡請求訴訟を起すつもりであるが、債権者が新建物完成後これを第三者に賃貸してしまうと、本案で勝訴しても執行ができなくなるので右賃借権を保全するため仮処分決定を得たものであるから、同決定の認可を求める。

と述べ、債務者の答弁に対し

債務者主張の旧建物の契約内容、転貸借契約、賃料不払の事実、契約解除の意思表示があったことは認めるがその余は否認する。

旧建物の賃貸借と、井上所有家屋の転貸借と新建物の賃貸借は契約の目的物を異にする別個の契約である。旧建物についての賃料の滞納は四ヶ月と一〇日にすぎず、それも昭和四一年六月ころから、債務者は債権者が賃料を持参すると居留守を使ったり、新建物完成の時清算するからといったりして受領を拒み、井上方の転借賃料も同様受領を拒み続けたものであり、債権者の遅滞は債務者の受領遅滞の結果であるから契約解除原因とならない。

と述べた。

債務者訴訟代理人は原決定を取り消す。債権者の仮処分申請を却下するとの判決を求め、

債権者の申請の理由のうち第一、二項を認め第三項は否認する。

昭和三五年八月二三日、旧建物の賃貸借の更新に際し、賃貸期間は同月一日から昭和三九年七月末日まで賃料一ヶ月七万円、毎月始め当月分を債務者住所に持参して支払うこと、賃料の支払いを六ヶ月分怠ったときは直ちに賃貸借契約を解除できることを約した。

昭和三九年八月右契約は従前と同一の条件で更新されたが、昭和四一年一〇月一〇日債務者は旧建物を改築することになり、改築中債権者の移転先として台東区上野五丁目四九〇番地所在井上佐吉所有建物のうち一階二三、一四平方米を敷金五〇万円賃料月四万五千円で賃借し、債権者に賃料右同額で転貸した。

旧建物の賃貸借と、改築中の移転先の転貸借と新建物の賃貸借とは、旧建物をとりこわし、新建物完成に至るまで目的物件を変更しながら当初の賃貸借契約を存続させる一個の契約関係にあると解されるところ、債権者は昭和四一年六月から昭和四二年二月まで引きつづき九ヶ月賃料の支払いをしなかった。そこで債務者は債権者に対し昭和四二年二月一〇日付内容証明郵便で旧建物の賃貸借契約を解除する旨意思表示をし、右郵便は同日債権者に送達された。

従って債権者の新建物に対する停止条件付賃借権は消滅しているから、これが存在することを前提とした原決定の取消と申請の却下を求める。

債権者の債務者に受領遅滞があったとの主張については、昭和四一年六月分の賃料につき債権者が移転に費用がかかるというので同月分のみ猶予したことがあるが七月分以降は受領を拒否したことはない。

かりに債務者の契約解除の主張が認められないとしても昭和三五年八月賃貸借契約更新の際、債務者が新建物の引渡を怠った場合債務者は債権者に対し一ヶ月一〇万円の損害金を支払う旨約しているので占有移転禁止を命ずる仮処分は被保全権利の範囲をこえるものである。

と述べた。

疎明≪省略≫

理由

債権者債務者間で、昭和三五年八月二三日、旧建物の賃貸借契約更新の際、債務者が同建物を改築する場合新建物の完成を停止条件として同建物の一階を債権者に賃貸する特約が結ばれ、昭和四一年一〇月一〇日債務者が旧建物をとりこわし、新建物の建築にとりかかり、八分通り完成していること、昭和四二年三月一〇日債務者が債権者に新建物を貸さない旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで債務者の主張する停止条件付新建物の賃貸借契約の解除が有効か否か検討する。

昭和三五年八月二三日、旧建物の賃貸借契約更新の際、賃料は一ヶ月七万円とし、この支払いを六ヶ月分怠ったとき直ちに契約を解除できる旨約したこと、昭和四一年一〇月一〇日債務者が旧建物をとりこわし、改築中の移転先として井上所有家屋を賃料一ヶ月四万五千円で賃借して賃料同額でこれを債権者に転貸したこと、債権者は同年六月から一〇月一〇日まで旧建物の賃料を支払わず、同日から昭和四二年二月まで転借建物の賃料の支払いを怠ったこと、債務者が同年二月一〇日付内容証明郵便で賃料不払いを理由として旧建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、これが同日債権者に送達されたことは当事者間に争いがない。

ところで旧建物の賃貸借と井上所有家屋の転貸借、停止条件付新建物の賃貸借は関連性があることは否定できないにしろ、それぞれ契約の目的物および賃貸借条件を異にする別個の契約であると解されるから、旧建物と転借建物の賃料を引き続き六ヶ月以上怠ったとき停止条件付新建物の賃貸借を直ちに解除できるかは、その旨の特約がない限り否定さるべく、そして旧建物について六ヶ月賃料の支払いを怠った場合の条項が右の趣旨を包含しているとは解されないし、そのような特約が結ばれたことは主張も疎明もないから、結局相当の期間を定めて履行を催告した上でないと契約は解除できないと解されるところ、債務者がそのような催告をしていないことは主張自体から明らかであるから、債務者のした契約の解除は無効と解する外ない。

また債務者は新建物の引渡しを怠ったときの損害金の支払いを約しているから占有移転禁止の仮処分は被保全権利の範囲をこえるというが、損害金の支払いは建物の引渡しを間接的に強制する趣旨のものにすぎないからこれによって引渡請求権が消滅するいわれはなく、債務者の主張は理由がない。

よって債権者の主張は理由があり、これを認容した原決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北沢和範)

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